前回は管理規約に関する判例を取り上げましたが、今回は管理者の解任などについてです。東京地裁平成二年十月の判決(昭和五九年(ワ)一二三七一号受付)

昭和53年、東京の新宿御苑前に分譲された地上13階建の総戸数六八戸のPマンションにおける管理者解任等の事例です。このマンションは著名建築家によって設計されたもので、黒御影石張りのエントランスには赤い絨毯が敷いてあり、エントランスには中庭から光が射し込んでいます。 被告会社YはPマンションを建築・分譲し、分譲の際に買受人全員との間で管理規約が合意されました。この規約によってYを管理者とし、Yに対し管理業務が委託されましたが、Yはその元代表取締役が代表取締役に就任しているR社に管理を委託し、R社は更にK社に委託しており、実際の管理業務はK社が行っています。 さて、見た目は立派なそのマンションですが、その管理状況はお粗末だったようです。貯水槽等の清掃は行わず、設備機器の塗装は剥げたまま、定期清掃や定期点検などもほとんど行っておらず、また決算報告も杜撰だったりなど、目に余るものだったようで、分譲時に二四時間管理を約束しながら、夜間は管理人は不在がちで区分所有者との連絡もスムーズに行かず、高級マンションにふさわしい管理体制を取るという約束はどこに行ってしまったのかと、区分所有者たちの怒りが増大し、有志によって管理組合が結成されたのでした。(現区分所有法では、二以上の区分所有者が存在すれば管理組合が法律上当然に成立するとされており、意思に関係なく区分所有者全員の強制加入となっておりますが、三七年制定の旧建物区分所有法には、組合についての明確な規定がなく、必要に応じて区分所有者有志が組合を設立していました。) YはR社に高い委託料を支払っていましたが、R社は再委託したK社には低額の委託料しか払っておらず、これでK社にしっかり管理しろというのは虫のいい話かもしれません。また、Yは未分譲部分の区分所有者でもあるのですが、毎月の管理費は支払っていませんでした。  そこで、区分所有者の有志三五人(区分所有原告らX1)と有志により結成されたP管理組合(原告組合X2)は、Yを相手取り、訴訟を提起します。区分所有原告らX1は被告会社Yの管理者解任を求めます。また原告組合X2は昭和五八年一〇月の臨時総会において管理を行うことを目的とする規約を採択して、被告が解任された場合管理にあたるとして、管理人室や管理用具の明け渡しを求め、更に預金の支払い、未払い管理費と遅延損害金の支払いを求めました。

この裁判で争点となったのは、1.被告Yに管理費支払い義務があるか。2.被告Yに管理者として適しない事情があるか。3.原告組合X2に被告に対し管理人室等の明け渡しを求める権利はあるか。の三点でした。 1の管理費支払いについては、被告Yは、管理規約上管理費の支払い義務は専有部分の引渡し時から発生すると定められているから、当初から専有部分を占有しているYには支払義務はなく、また、分譲マンションでは完全に売却されるまではその未分譲部分は管理費等を徴収しない商習慣があると主張しました。裁判官はこれに対し、分譲業者は未分譲の区分所有権を所有する以上、区分所有権の登記等により区分所有建物であることが客観的に認識される状態になった時から管理費等を支払う義務がある、Yの言う商習慣には根拠がない、としました。 2の被告Yに管理者として適しない事情があるかについては、日頃の管理状況も細かく検証されました。午後五時以降管理人が不在がちなため、外部者の侵入があったり、除雪の遅れや水漏れの処置の不備など、更に、管理者としての義務である業務・収支状況報告の遅れや不備など、対応の杜撰さに区分所有者の不満が募って行ったと裁判官は指摘します。 Yは次第に追いつめられていくことに危機感を感じたのでしょう。原告組合に加入する区分所有者に対して、Yは駐車場解約をほのめかして脱退を勧誘したのですが、この行為が裁判官に見逃されるはずもなく、管理者であるYと区分所有者との信頼関係はもはやないとされる根拠の一因となりました。 またYは、区分所有原告らX1のうちに管理費を支払わない者がいるのに、Yが管理費不払いであるということを理由に管理者の解任請求をするのは信義則に反すると主張しますが、原告らのうちに管理費を支払わない者がいるのはYの管理費不払いや事務処理の杜撰さへの不満に起因するもので、管理費は原告組合の口座に入金しているとして、信義則には反しないと判断されました。

以上より裁判官は、被告Yは管理者として適しないとし、区分所有法二五条二項(管理者に不正な行為その他その職務を行うに適しない事情があるときは、各区分所有者は、その解任を裁判所に請求することができる)により、Yの管理者解任請求を認めました。  最後に争点3の、原告組合X2に管理人室等の明け渡しを求める権利はあるか、についてですが、原告組合X2は旧区分所有法のもと区分所有者の有志で組織された団体です。新区分所有法第三条で、建物並びにその敷地及び附属施設の管理を行うための団体は全員で構成することとなっているため、X2は管理を行うための団体とはいえないから、Yに対して管理人室等の明け渡しや滞納管理費請求を求める権利はないとして、原告組合X2の請求は棄却されました。管理者の解任は委任の終了であり、新たに区分所有者全員の集会で管理者が決まるまではYに管理継続義務があることになります。   管理者の解任は、規約に別段の定めがなければ、区分所有法二五条により、集会で過半数の決議で行うことができますが、この事例のように、分譲時の原始規約で特定の管理者を定めていた場合や、規約で管理者解任には区分所有者全員の合意が必要と定められている場合はややこしいことになります。規約の改正には区分所有者の数及び議決権の四分の三以上の賛成が必要です。分譲会社の社員も区分所有者となっている場合など、区分所有者の数または議決権で四分の一を占めているとなかなか困難を極めます。

原告組合X2は区分所有者の大多数の加入があったにもかかわらず、裁判で請求が退けられたのは、X2が有志の組合であり、区分所有法三条で規定された全員参加の組合ではなかったからです。区分所有法三条は昭和五八年の区分所有法の改正で新設された規定です。旧法下において任意加入の管理組合は多く見受けられましたが、管理組合の意思決定の効力を加入者以外に反映させることができませんでした。  マンションの土地や建物の共用部分は維持管理する必要があります。区分所有法三条では管理組合(正しくは区分所有者の団体)はその維持管理を目的とするため、全員の強制加入としています。規約を定めたり管理者を置くのは管理組合の自由ですが、規約を定めたり管理者を置くと区分所有法の適用を受けることになります。    管理者と区分所有者とのトラブルは多発していますが、管理者解任を求めた裁判はあまり多くありません。その中で管理者解任請求が退けられた事例を紹介します。昭和五六年建築の大阪の大規模ビルで、建築分譲施行事業者は大阪市です。大阪地裁昭和六一年七月の判決(昭和五七年(ワ)八〇一四号受付)

市街地改造法に基づき大阪市が大阪市都市再開発事業として建築分譲されました。再開発区域内の土地・建物の所有権・賃借権者で権利床を譲受した者、保留床を購入した者と大阪市を併せて八三名が区分所有者となります。区分所有予定者は昭和五六年八月一日に区分所有権を取得することになっていましましたが、その五日前の七月二七日に大阪市の招集により、区分所有予定者集会が開かれました。(この集会については旧法が適用になります。)そこで提示された管理規約案は、区分所有者である原告らⅩの反対があったため、旧建物区分所有法二四条一項の要件(規約の設定、変更、又は廃止は、区分所有者全員の書面によってする)を満たす規約としては成立していませんでしたが、議長は賛成多数として原案通り規約は可決とされました。  集会終了後、大阪市は規約設定同意書の提出を求めましたが、原告らはこれを拒否しています。また、議長団は集会終了後同日付で被告Yに対し、ビルの管理者として管理することを依頼し、被告は承諾しました。  さて、管理者となった被告Yの実態はどうかというと、被告Yの役員及び従業員はその多くを大阪市の退職職員又は出向職員が占め、管理業は無経験で、従って作業を下請け業者に委託していること、また、人件費として、管理要員一四名の給与の合計約四七〇〇万円が計上されています。原告らXは管理要員数もまたその給与額も多すぎるとし、その根拠として、被告Yが同様に管理者となって管理業務を行っている他のビルの一例をあげています。 そのビルでは、被告Yが作業委託していた管理会社の委託費が高いとの批判があったため、入札に切り替えたら、その結果また同社が落札し、区分所有者が独自に他の業者に見積もりを取った結果三千万低額であったことを提示したら、落札額より二千五百万引き下げてきた事実があること、更に、同社が管理者となっている別なビルでは、区分所有者は被告の請求する管理費の二割を差し引いた額を管理費として支払う旨集会で決議し、以後同額を管理費として支払っていることを説明して、予備的請求としている管理者解任の根拠としています。

この裁判の一番の争点は、何と言っても昭和五六年七月二七日の集会の開催と決議の効力です。この集会は、昭和三七年に制定された旧建物区分所有法のもとで行われたものですが、区分所有予定者が区分所有権を取得する八月一日以前に行われているため、旧建物区分所有法の規定する区分所有者集会とはいえないからです。しかしながら、この集会の決議の効力について、裁判官はいくつかの点をあげて効力を認めています。  大阪市を除く八二名の区分所有予定者のうち、保留床譲受予定者の二〇%の者が、八月一日から営業を開始するためそれ以前に専有部分の引渡しを受けて内装工事などの準備を行っており、ビル建築業者の暫定的なビル入居管理規定に従い、共用部分の利用が行われてきたことをあげ、新しいビルでの営業の混乱を考えると、八月一日以降の管理に関する定めを設定する必要性は極めて高かった、としており、更に、集会は八月一日の五日だけ前に開催され、招集の通知から所有権取得まで区分所有予定者に変更がなく、全員が八月一日に区分所有権を取得していることなどをあげ、集会が実質的に八月一日当時の区分所有者と同視し得るものにより構成されていた、としています。  更に、集会における決議の効力が八月一日に発生する旨決定されていることから、この集会の決議は、その決議自体が適法、有効になされたならば、八月一日現在の区分所有者による区分所有者集会の決議と同一の効力を持つと考えるべきだとしました。  もう一つのポイントとなる旧建物区分所有法二四条一項の、規約の設定は区分所有者全員の書面による賛成が必要という点ですが、原告らXが規約設定同意書の提出を拒否しているため、例え規約案が集会で賛成多数として可決されていても、同法に規定する規約としては成立していないということは裁判官も当然認めるところです。  ところが、管理規約案の可決は、区分所有予定者の持ち分の過半数を超える賛成によるから、その決議は旧建物区分所有法一三条に定める共用部分の管理に関する決定としての効果を持つ、とします。しかし、同法上の規約とはいえないから、集会で提示された規約案の規定する集会の決議要件等は同法の規定に優先することはないとして、集会における第二号議案以下の決議の効力は同法に従って決めるべきだとしました。ということは、区分所有者集会の決議及び管理者の選任は、規約案によるのでなく、同法の規定によって、区分所有者数及び議決権の過半数で決まる、ということになり、結果として、集会における第二号議案以下の決議は過半数の賛成により可決したことになります。    結論としては、原告らの管理者不存在、管理費支払債務不存在、更に管理者解任請求のいずれも棄却され、大阪市の当初の予定通り、最終的には管理規約が決まり、管理者が選任され、管理費の額などもそのまま認められたのでした。今でこそ天下りへの風当たりは強くなりましたが、昭和五〇年代は、役人は当然の如く天下りをし、二度、三度と退職金を受領していた頃で、このビルも天下りの受け皿としての機能を果たしている中で、それに異を唱えた人の勇気は称えてしかるべきかもしれません。