マンション判例の探索9ー管理組合の訴訟上の立場
中野コープ・ブロードウェイ・センタービル不当利得返還請求事件 中野コープ・ブロードウェイ・センタービル(通称中野ブロードウェイ)は、中央線中野駅前の、昼間でも人波の行きかう商店街、中野サンモールに続く奥で最後が早稲田通りに面した複合ビルです。建設事業費60億円をかけて昭和41年に完成し、低層階はショッピング・センター、5階以上は集合住宅となっており、全242戸を有し、屋上には庭園・プールがあってゲストルームも備えた当時としては最先端をいく、そして現在でも人気の高い有名なビルです。 今回はこのビルで起きた不当利得返還請求事件を紹介します。(昭和55年7月判決 東京地裁昭和54年(ワ)4062号受付)。
区分所有者X(原告)が管理組合Y(被告)に対して、他の区分所有者Aが共用部分の外壁に行った開口工事に対する復旧訴訟に要した金額を請求したものです。管理者(ここでは管理組合)の共用部分の保存義務に関する権利と義務の範囲が争われたもので、旧区分所有法のもとで行われた裁判です。 原告Xはこのビルの区分所有者で、被告Yは区分所有者と賃借人の希望者を構成員とした管理組合です。現在の区分所有法では、マンション引渡しと同時に管理組合が自動的に組成され、区分所有者全員が云わば強制的に組合員となりますが、この訴訟時の旧法では管理組合についての明確な規定はなく、この管理組合は民法上の組合であり、旧区分所有法17条で規定されたビルの管理者です。他に、訴訟の原因を作ったもう一人の区分所有者Aがいます。Aは、その専有部分に接する北側外壁(共用部分)に直径15~20センチの開口工事をしました。理由については、判決文からは不明です。
原告Xは、管理者である管理組合(被告Y)には共用部分の保存義務があるから、外壁に開口工事をした区分所有者Aに対し、それを復旧するよう訴訟を提起することを期待しますが、被告Yにその動きがないため、自らAに対し復旧工事をすることを求めて訴訟を起します。(結果は、第一審では請求棄却となりましたが、控訴審では一部認容されました。) 原告Xは、前記訴訟を委任した弁護士に要した費用等65万円について、被告Y(管理組合)が訴訟をしていれば当然かかる費用であり、被告Yはこの費用を毎月徴収している管理費の中から支出すべきだ、と主張します。原告Xは、被告Yが自らの義務を果たさなかったことでこの支出を免れ、原告Xが支払ったことで利益を受けたのだからと、被告Yに対し、不当利得返還請求権に基づき、65万円と遅延損害金の支払いを求めました。
これに対して被告Yは、共用部分の保存義務が管理者にあることについては認めますが、保存義務の内容については原告Xとは違う認識を示します。 区分所有法18条1項にいう「共用部分の保存」及び組合規定にいう「共用施設の保守・修理」とは、破損又は老朽化した共用部分を復旧することをいうのであって、今回のように区分所有者が共用部分を侵害して復旧しないでいるときに、訴訟を起こして排除する権限までは管理者には与えられていないと主張します。管理者は共用部分の所有者ではなく、共用部分の管理をする権限を与えられているにすぎず、訴訟提起の権限は管理者ではなく、区分所有者にある、とします。 更に、仮に原告Xに不当利得返還請求権があるとしても、利益を受けたのは他の区分所有者らであり、被告Yではないこと、区分所有法18条2項にいう代理というのも共有物維持管理に関してのもので、区分所有者の持つ債務を代理して支払う責任はないと、被告Yは反論しました。
この両者の主張・反論を受けて、裁判官は次の2点を検討して判決を出しました。①外壁に穴を開けた区分所有者Aに対し、被告が管理者として訴訟を起こす義務があるか、②原告XがAに対して起こした訴訟の費用を原告Xが支出したことで、被告Yが利益を得たことになるか、の2点です。 ①については、管理者は共用部分を保存する義務があるが、その職務にあたる管理者の地位はあくまで区分所有者の代理人であって、共用部分の保存行為は各区分所有者ができる(13条1項ただし書)ので、各人がやる煩わしさを避けるために代理権が付与されていると考えられ、従って管理者がその義務を持つ共用部分の保存とは、共用部分の損壊・滅失を防いだり、その修繕をしたりするための行為をいうとして、今回のように区分所有者Aが共用部分を侵害して復旧しないでいるときに訴訟を起こして排除する権限はなく、その権限は各区分所有者にある、と言って被告の主張を支持しました。 ②については、この訴訟で要した弁護士費用等が共用部分の保存にあたるとしても、管理に要する費用は区分所有者が負担すべきものであるから、原告が費用を負担したことによって利益を受けたのは、管理組合ではなく、他の区分所有者らであるとして、これもまた被告の主張を支持しました。そして、管理費は管理者が保存行為をするために徴収されているのであるから、この訴訟の弁護士費用等を管理費から負担するには、集会決議又は規約の定めが必要である、としています。 ①②の結論から、原告Xの請求は棄却されました。
この裁判では管理者が負う共用部分の保存義務の範囲が争点となりました。旧区分所有法18条には、管理者に共用部分の保存義務があることが規定されているだけで、詳細は記載されていません。共用部分の保存行為とは、非常に漠然とした言葉ですが、この訴訟における裁判官は、物の滅失・毀損を防止しその原状を維持するための行為としています。第13条ただし書で、各共有者も保存行為ができるとされていることから考えると、誰からも反対されないような、軽微なことが想定されているようです。例えば清掃とか、電球の取り替えとか・・・。復旧工事を求めて訴訟を起こすことを管理者の保存義務の範囲と考えるのは、少々無理があるということだったのでしょう。 ただ、一つ素朴な疑問が残ります。そもそも区分所有者Aがなぜ外壁に穴を開けたのかの視点がこの判決には見えていません。自分の費用を使ってまで外壁に穴を開けたのには理由があるはずで、前記の直接Aに対する訴訟の第一審で原告の請求が棄却されていることから考えると、その理由はちょっと知りたいところです。
一方原告Xについては、単独でこの管理組合に対しての訴訟を起こす前に集会に図っていれば、裁判官が「この訴訟の弁護士費用等を管理費から負担するには集会の決議が必要」と述べていることから考えると、前記訴訟の弁護士費用等を管理費から負担してもらえる可能性があったかもしれません。
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