マンションの三大トラブルと言われる騒音、ペット、駐車場の問題のうち、今回はペット飼育について取り上げます。

 一つ目は、田園都市線沿線郊外に昭和57年に建設された7階建ての総戸数26戸の分譲マンションにおいて、管理組合管理者が犬を飼育していた区分所有者に犬の飼育禁止を求めて提起した訴訟です。横浜地裁平成3年12月の判決(平成元年(ワ)1101号受付) 

 被告区分所有者Yは、分譲時に販売会社から管理規約と入居案内の交付を受け入居しましたが、入居時の管理規約には動物の飼育についての条項はありませんでした。入居案内には「動物の飼育はトラブルの最大の原因だから一応禁止されています」と書かれていましたが、販売会社の手違いから被告Yが入居案内を受け取ったのは入居の前日であったため、被告Yは飼っていたビーグル犬を連れて入居を強行します。
 被告Yは飼育禁止の暗黙の了解のあるマンションの中でビーグル犬を飼い続けていましたが、次第に他の住民たちに知られて来て、理事会に飼育禁止の声が届くようになります。そして原告管理組合理事長Xは何度か被告Yと禁止についてのやり取りをした後、昭和61年2月の臨時総会で旧規約を改正し、その使用細則で動物の飼育を禁止することを決議しました。原告Xは被告Yに犬の飼育禁止を申しわたしますが、被告Yは犬を飼い続けたため、ついに平成元年4月、管理組合は被告Yを相手取って、理事長による訴訟提起することを決議します。
 被告Yは先ず、本件臨時総会での規約改正決議が無効であると主張します。その理由は、議決権総数26票のうち出席して規約改正に賛成した者は9名で、13名が委任状での議決権行使であり、その委任状には「議決権の行使を議長に委任します。」の文言と、部屋番号、氏名などの記載しかなく、これはいわゆる白紙委任状で法律的に無効であって議決権数には入らず、従って規約改正に必要な4分の3を満たしていないから、決議は無効であるという論拠でした。
 これについて裁判官は、臨時総会開催の通知の書面に、議案として「管理規約の改正について」という記載があり、動物の全面飼育禁止条項を含むことが明記されており、それに添付された委任状であるから白紙委任状ではなく、規約改正は適法になされたとします。
 次に、分譲時に交付された動物飼育禁止の記載のあった入居案内が問題とされます。被告Yは、入居案内は販売会社が入居者の便宜のために配布したもので、はっきり飼育禁止と記載されているわけではないと主張します。これについて裁判官は、入居案内について、集会で何らかの決議をしたという事実はないから、区分所有法上の規約と同様の拘束力は認められないとして、原告Xの、自治規則として拘束力を持つという主張を退けます。ただ、裁判官は、この入居案内によって入居者の間では動物の飼育は禁止されているという共通の認識があった、ということを指摘します。事実、マンション内で犬を飼っていたのは被告Yのみでした。
次に争点となったのは、これまでの当マンション判例シリーズにも再三登場している、区分所有法31条1項「特別の影響」についてです。規約変更等で一部の区分所有者の権利に特別の影響を及ぼすべきときは、その承諾を得なければならない、という条項です。被告Yは、動物飼育禁止の新規約は被告Yの権利に特別の影響を及ぼすもので、被告Yは規約の変更に承諾を与えていないから、承諾なくして行われた規約の変更は無効である、と主張します。
これに対し裁判官は、ペット等の飼育は買主の生活を豊かにする意味はあるとしても、飼い主の生活・生存に不可欠のものとは言えず、被告Yの受ける損害は社会生活上受忍すべき限度を超えたものではないから、ペット飼育禁止の改正は被告Yの権利に特別の影響を与えるとは言えず、規約改正について被告Yの承諾がないことは規約改正の瑕疵には該当しないとしました。
被告Yとその家族は犬を家族の一員として可愛がっており、被告Yは飼育には細心の注意を払っているから、近隣には迷惑をかけていないと主張しました。しかし、やはり犬であるから鳴くこともあり、散歩に出るとき乗ったエレベーターで他の人と出会うことなどもあって、マンション内で他の居住者に全く迷惑をかけずに飼育している、という主張は受け入れられませんでした。
裁判官は、そもそも共同住宅で他の居住者に全く迷惑をかけずに飼育するには、防音設備や防臭設備を設けたり、飼い方などに詳細なルールを設けたりする必要があり、現在の日本の社会情勢や国民の意識を考えると、全面的に動物飼育を禁止したこの規約は、相当の必要性・合理性を有すると判示したのです。
被告Yは飼育を継続すべく、「ペット飼育に関する了解願い」という書面をマンションの住民宛て提出したり、自己の犬飼育を了承するよう求める文書を配布したり、承諾書への署名を求めて個別訪問したり、相当の努力を重ねたようですが、孤軍奮闘力及ばず、総会で動物飼育禁止の決議がなされ、更に飼育し続けた被告Yは訴訟により、飼育禁止を余儀なくされたのでした。
この件は被告人により控訴されましたが、控訴は棄却されました。区分所有法6条1項は、その1棟の建物を良好な状態に維持するため、区分所有者全員の共同の利益に反する行為を禁止しており、その具体的な内容については規約で定めることができる、としています。動物飼育は他の区分所有者に影響を及ぼすから、共同の利益に反する行為であり、これを一律に禁止することは区分所有法の許容するところであるとして、裁判官は、「動物飼育の禁止は具体的な被害の発生する場合に限定され、一律禁止は無効である」という控訴人の主張を退けました。
 裁判官は最後に、規約で動物飼育を全面禁止しておいて、例外的措置については総会の議決により個別的に対応することが合理的な対処の方法ではないかと提案しています。

 次は、東京モノレール大井競馬場前駅から歩いて10分ほどの所にそびえる14階建てのマンションにおけるペット訴訟を見てみましょう。昭和58年分譲当初から入居し、途中から犬を飼い始めた区分所有者に対して犬飼育中止を管理組合が求めた訴訟です。東京地裁平成8年7月の判決(平成6年(ワ)17281号受付) 

原告管理組合Xは、規約により小鳥及び魚類以外の動物を飼育することを禁止していましたが、ペットを飼育する区分所有者が複数いたため、昭和61年6月の総会で、ペットクラブを設立させ、当時犬猫を飼っていた人を会員としてその自主管理の下で、当時飼育中の一代に限って飼育を認めることを決議しました。犬猫飼育は禁止しても、現在飼われている犬猫たちの天寿は全うさせてやろうという計らいです。
被告Yは規約によってペット飼育が禁止されたことやペットクラブの存在を知りながら、数年後に犬(シーズー)を飼い始めます。原告管理組合Xは、これを放置していたのでは組合員にしめしがつかないので、被告Yに対し飼育を中止するよう求めました。ところが、再三の申し入れにもかかわらず被告Yがその後も飼育を続けたため、平成6年5月、総会において被告Yに対し、犬の飼育中止を求める訴訟を提起することを決議しました。
訴訟では、先ず、ペット飼育禁止の規約の解釈で原告Xと被告Yの見解が分かれます。原告Xは、マンション内の犬の飼育は、鳴き声による騒音、排泄物による臭気、咬傷事故の可能性等、他の区分所有者に対する影響が大きく、犬猫の飼育は区分所有法6条1項の「区分所有者の共同の利益に反する行為」に該当するものであって、本件規定は具体的な迷惑行為が生じないよう事前にルールを定めたものであり、ペット飼育により実害が生じた場合のみ適用されるものではないと主張しました。
これに対し、被告Yは憲法の条文を持ち出して理論の構築を図ります。ペットを飼育する権利は憲法13条の幸福追求に対する国民の権利であるから、そこに加えられる制限は最小限であるべきだ、というものです。規約によるペット飼育禁止の規定は、ペット飼育による被害が他の住民に発生している場合ないし被害が発生する蓋然性が存する場合に限り飼育を禁止するという趣旨であり、一律に禁止するものではない、と主張します。被告Yの犬は他の住民に何の被害も与えていないから、被告Yの犬飼育は規定に違反していない、従って、具体的被害なくして差し止めを請求するのは原告Xによる権利の濫用である、ということです。
これに対し裁判官は、一棟の建物を区分所有している場合、その構造上から相互に重大な影響を及ぼすものであるから、自己の生活に制約は受けざるを得ないとします。動物の飼育は原告Xの指摘通り有形無形で他の居住者に影響をもたらす恐れのあるもので、共同の利益に反するものと考えられる、と判示します。区分所有法30条1項は、共同の利益に反する行為を規約で定めることができる、としていることから、1棟の建物を良好な状態に保つため、規約で動物の飼育を一律に禁止するのは区分所有法の許容するところであるとして、ペットの飼育を禁止する規約を有効とし、実害の有無にかかわらず、犬の飼育はそれ自体が規約に違反する行為であるとしました。
次にペットクラブの会員が飼育を認められるのに対し、非会員が飼育を認められないのは平等の原則に反するか、が争点となりました。総会でペットクラブの設立が決議されましたが、被告Yは、「会員は犬猫が飼えるのに非会員が飼えないのは平等の原則に反している」と主張します。
これについて裁判官は、ペットクラブの設立は、時間の経過と共に動物の飼育を皆無にするための現実的妥協策であり、ペットクラブの会員も新たな犬猫の飼育は禁止されているのであるから、ペットクラブの会員にのみ一代限り飼育を認めることには合理的理由があるとして、平等の原則に反することはないと判示しました。
そもそもこの訴訟を提起したのは管理組合Xですが、被告Yは、管理組合Xには訴訟提起の資格がないとして、原告不適格を主張します。この訴57提起したのは、法人格なき社団としての管理組合です。被告Yは、本件訴訟は区分所有法57条に基づく請求であるから訴訟を提起できるのは、「管理者又は集会において指定された区分所有者」であり、管理組合には訴訟追行権がない、という主張です。
これに対し裁判官は、規約は管理組合内部の規範であるから、そこに定められた義務は区分所有者の管理組合に対する義務であり、これに対応する権利は法人格なき社団としての管理組合に帰属し、管理組合は民訴法46条に基づき、自己の名において差し止め訴訟を提起することができる、として被告Yの主張を退けました。
ペットの飼育禁止を求める訴訟において、本件のように規約でペット飼育を禁止している場合は、ペット飼育が規約違反であるという理由により、管理組合が原告となって訴訟を起こすことができる、ということです。では、規約にペット飼育禁止の条項がないときはどうでしょうか。この場合は、区分所有法6条1項の「区分所有者の共同の利益に反する行為」を法的根拠とすることになり、法人格なき社団としての管理組合は原告となることができません。この場合訴訟提起できるのは、「管理者又は集会において指定された区分所有者」となります。
この訴訟は被告によって控訴、上告されましたが、どちらも棄却となりました。ペットの飼育禁止では初めての最高裁判決で、ペット飼育一律禁止の規約が有効であるとされ、管理組合が規約違反者に行為の禁止請求ができる、としたところが注目すべき点であると思われます。

日本で初めて集合住宅ができ始めたのは昭和30年代で、区分所有法が初めて制定されたのが昭和37年、いわゆる分譲マンションはこの法律によって規制されることになります。当時は管理組合についての明確な規定はなく、有志が管理組合を結成して規約を作っていましたが、その効力は組合員以外には及びませんでした。昭和58年に区分所有法は大改正され、その後の改正はありますが、現在の区分所有法の基本はこの時のものです。現在では分譲マンションを購入すると、自動的に管理組合員となり、管理規約により制限を受けることになります。
集合住宅でのペットの飼育は、集合住宅の変遷と共に変遷を辿ります。一昔前の犬の飼い方と言えば、戸建てかアパートの庭に繋いで番犬として飼うというのが一般的でした。のんびりとした風景がイメージとして浮かんできます。
昭和40年代、日本では集合住宅の供給が急速に増加してきて、庶民も住むようになってくると、集合住宅の中でそれまで通りの感覚で犬や猫を飼う人が出始めました。当然トラブルが起こってきます。当時は集合住宅の中での動物飼育に関する規則はあまり見当たらず、トラブル回避のため、動物飼育禁止のルールを設けるようになります。マンションでは犬は飼えない、というのが一般常識となり、その流れはその後ずっと続きます。
平成11年に旧建設省住宅局が7大都市圏の分譲マンションで「マンション総合調査」した結果では、管理組合で動物飼育全面禁止となっているのが54%、限定的に認めているが27%、規則なしが10%、全面的に認めているは1%でした。
昨今のペットブーム、少子高齢化、アニマルセラピーの普及などにより、ペットを取り巻く社会環境はここ10年ほどで大きく変わって来ました。集合住宅でのペットの取扱いも様変わりし、最近の新築分譲マンションの8割が制限付きのペット可であるという情報もあります。分譲に際して、その方が売れ行きがいいということでしょう。賃貸マンションにおいては原状回復の問題があってなかなか踏み切れないようですが、ペット可にすると成約率は上がるようです。
最近では、至れり尽くせりのペット共生型マンションが話題を呼んでいます。床や壁はペット仕様にして、ペットの足洗い場をおき、汚物ダストがあり、屋上にはドッグランを設け、エレベーターに「今ペットが乗っています」と知らせるランプが付いていたり、グルーミング室を設けてシャンプーができたり、ペットにとっても住み心地抜群のマンションが出て来て人気を博しているようです。
今までのペットをめぐる裁判では、動物飼育禁止の規約は有効とされて飼い主は敗訴となるのが常でしたが、この社会状況の変化はやがて裁判の判決も変えていくことになるのでしょう。マンションの管理規約も単に飼育禁止や飼育を認めるということでなく、皆が快適に共生できるようにするために、お互いにコミュニケーションを図りながら細かいルール作りをしていくことが管理組合に求められることになります。飼い主も犬をよく躾け、細心の注意を払って、飼い主の適正を身に着けて、他の住民に迷惑をかけないような努力をすることは言うまでもありません。
ただ、注意すべき点として、ペット可のマンションであるからと購入した後に、総会の決議でペット禁止に規約が変更されることもあり得るということです。