141210-IMG_2789戸越ハイツ損害賠償等請求事件

  東急池上線戸越銀座駅徒歩四分の中原街道に面した一一階建て、総戸数54戸のマンションで、1階が店舗、2階以上が住戸となっており、1階店舗を所有している原告が管理組合と管理会社を相手取って起こした訴訟です。1階が店舗、2階以上が住戸のマンションをその構造から下駄ばきマンションと呼んだりもしますが、一階店舗の換気扇からの匂いや夜間営業での騒音等で他の区分所有者や近隣とのトラブルにつながる可能性もあり、規約で予めしっかり固めておく必要がありそうです。

 では、詳細をみてみましょう。東京地裁昭和63年11月の判決(昭和61年(ワ)12322号受付)です。

 被告管理組合Y1は、昭和60年10月総会を開催しました。議案は管理規約の変更で、1階の店舗部分について業種、営業、店舗改装を制限する第16条ないし18条の規約の新設です。議案は議決権総数60人のところ、出席者及び委任状の合計57人の賛成で可決されました。ところが、この総会の招集について一部瑕疵がありました。一階店舗を所有し喫茶店を経営していた原告Xに招集通知が届いていなかったのです。

 区分所有法第35条では、集会の通知は区分所有者が管理組合に通知した場所に出すことになっており、通知されてない場合は所有している専有部分の場所に出すことになっているのですが、原告Xは管理組合Y1に連絡先を通知していなかったため、管理組合Y1は登記簿上の原告Xの住所宛て送付したところ返送され、マンションの掲示板には総会のお知らせを貼りだしたのですが、原告Xは当マンション外に居住していたため、総会の開催を知ることができず、出席できませんでした。これは明らかに招集手続きの瑕疵であり、このことについては裁判官も認めています。

 新設された規約第16条は1階の店舗の業種に制限を加えたものです。風俗営業はダメ、またおびただしい臭気や煙を発生する業種(中華料理店、焼き肉店、炉端焼店、焼き鳥店等)も認めず、それに抵触する恐れがある場合は事前に理事長と打ち合わせ承認を得る、と規定しています。17条は騒音や看板、シャッターの文字等営業の制限が規定されており、18条では改装工事の制限が規定されています。

 この規約の改正を知らなかった原告Xは、昭和61年4月ラーメン店営業を目的とするテナントKと店舗の賃貸借契約を締結しました。テナントKが改装工事を始めたところ、被告管理組合Y1の理事長などが工事中止を要求し、テナントKは改装工事を中止しました。被告管理組合Y1は6月の理事会でラーメン店営業を承認しないことを決定し、臨時総会で不承認の決議をしました。

 原告は驚きます。知らないうちにこのような規約ができ、すでに賃貸借契約が済んで改装工事が始まっているのに営業不承認になったからです。賃貸借契約を解消したテナントKからは損害賠償の訴訟を提起され、和解によって350万円支払うことになりました。更にテナントKが改装工事を途中で中止してそのまま放置した店舗を元に復旧するのに58万円かかった原告Xはこのままでは収まりません。管理組合Yと管理会社Y2を相手取り、総会の決議の無効とこの決議により被った損害の賠償を求めて訴訟を提起します。

 原告Xは先ず、総会の招集通知が原告Xになされておらず招集手続きに瑕疵があるため、総会の決議は無効である、と主張します。集会での決定は全区分所有者を拘束し、重大な影響を及ぼすものであるため、全員に通知されるようその招集手続きも区分所有法第35条で規定されています。35五条3項では、その通知は区分所有者が管理者に対して通知を受けるべき場所を通知したときはその場所に、これを通知しなかつたときは区分所有者の所有する専有部分が所在する場所にあてて出すよう規定していますが、この総会の招集通知は連絡先を通知していなかった原告X所有の店舗あてに出されていませんでした。

 この総会の招集手続きの瑕疵が、総会決議の無効原因となるような重大な瑕疵にあたるかどうかが一つの争点となります。一般に、招集手続の規定に反する総会の決議は原則として効力を生じないとされていますが、この裁判では、裁判官はこの瑕疵が総会決議に影響を与えるような重大な瑕疵だったかどうかを、総会決議の状況で判断しました。この総会の決議は議決権総数60人のところ、出席者及び委任状計57人の全員一致でなされているので、総会招集の通知の瑕疵は総会決議に影響を与えるものではなく、決議の無効原因となるような重大な瑕疵ではない、として原告の主張を退けました。

 更に原告Xは、新設した管理規約第16条ないし18条は、運用の仕方では店舗の区分所有権に対する重大な制限となり営業活動の死活を制するので、これらの規約の新設は原告Xに特別の影響を及ぼすから原告Xの承諾を得るべきなのに得ていないとして、これらの条項の設定の無効を主張します。

 区分所有法第31条1項は、「規約の設定、変更又は廃止は、区分所有者及び議決権の各4分の3以上の多数による集会の決議によってする。この場合において、規約の設定、変更又は廃止が一部の区分所有者の権利に特別の影響を及ぼすべきときは、その承諾を得なければならない」としています。

 この「特別の影響」というのは、以前に紹介した事例にも幾度か出て来ていますが、「特別の影響を及ぼすべきとき」とは、一般的に規約の設定変更等の必要及び合理性とこれにより受ける一部の区分所有者の不利益とを比べて、その区分所有者が受忍すべき限度を超えると判断される場合をいう、という考え方が支持されています。その一部の区分所有者たちの権利も保護されるべきと考えるからで、原告Xはそこの部分を主張しているわけです。

 裁判官は、区分所有法第6条1項に「区分所有者は建物の保存に有害な行為その他建物の管理又は使用に関し区分所有者の共同の利益に反する行為をしてはならない」という規定があり、この新設された規約はそれを具体的に規定したものであると判じます。環境を阻害する風俗営業や、夥しい臭気や煙を発生する業種の営業が共同の利益に反することは明らかで、それに制限を与えるこの新設規定が、一般的制約の範囲である以上、一部の区分所有者の権利に特別の影響を与えるものということはできない、という論理で、原告の主張を退けたのです。

 更に原告Xは、これによって被った被害の損害賠償を求めます。原告Xは、テナントKからの賃貸借契約解消に基づく訴訟での和解で支払った和解金350万円と、得るはずであった賃料収入の喪失分250万円、改装工事の復旧に要した費用58万円の合計658万円と遅延損害金を、被告らY1、Y2の不法行為に基づく損害賠償として求めました。

 これに対し裁判官は、被告管理組合Y1の理事会はテナントKを理事会に呼んで事情聴取して具体的に事情を聴いた結果、新設した規約に反すると判断して不承認の結論を出したこと、総会で同様の決議をしたことは妥当であり、不法行為ではないとして、原告Xの損害賠償請求を棄却しました。

 

 原告Xの請求はどちらも棄却されましたが、考えてみると、原告Xの行動の仕方も少々あらっぽい感じがします。店舗の賃貸借をする場合には管理組合又は管理会社に事前に業種の確認をとる、くらいの慎重さは持ってしかるべきで、また仲介の不動産会社がいれば、テナントへの責任としてオーナーに「業種が大丈夫か管理組合に確認してほしい」くらいの要求はあるべきと思われます。それだけで今回のような事件は防げたはずです。

 ただ起こった状況を振り返るに、一部の区分所有者が招集手続きの瑕疵により管理規約の変更を知ることができず、それゆえに658万円もの損害を受けてしまった、という現実には同情の余地があります。

 裁判官は、招集手続きの瑕疵は軽微なもので、総会決議には影響を与えないとしていますが、総会の開催を知ることができなかった原告Xは、議案の正に当事者であり、もし総会に出席していれば、その主張の仕方如何では決議に影響がないとは言い切れません。また、規約の変更が一部の区分所有者の権利に特別の影響を与えるかどうかの判断基準として、一般的には規約の変更の必要性と一部の区分所有者の不利益とを秤にかけて判断するのが通常である時に、現実に一部の区分所有者が多大な影響を受けたという事実に目を向けることなく、これらの規約の変更が一般的制約の範囲であるから、区分所有者に特別の影響を及ぼすものではないという結論を出した論理の組み立てに、何か少し軸組が違うような印象を受けますが、皆様はどのようにお考えでしょうか。