マンション判例の探索3

―給排水管事故を巡る攻防―

全国貸地貸家協会専務理事・全国貸地貸家協会新聞編集長 宮地忠継

 

皆さんこんにちは。マンション判例の探索の第3回目です。今までは管理人室を巡る、取り合いの実例を見てきましたが、今回は駒を進めて、給排水管事故のケースを見てみましょう。

マンションも古くなって来ると、いろいろな問題が起こります。水漏れ事故もその一つで、自分の家の床下の排水管の詰まりが原因で階下の家に水漏れが起こり、その賠償を請求された方もあると思います。この補修の費用もさることながら、ダメージを受けた家具や衣装の損害の賠償まで請求され、その請求額に青くなる、というケースもあるでしょう。その場合、排水管の詰まりの原因となった家に、果たしてその費用を賠償する義務が本当にあるのかということで、裁判で争われる場合があります。そのとき、その争点となるのは、その詰まりを起こした排水管が専有部分なのか共用部分なのかが中心となることが多いようです。専有部分については言うまでもなく区分所有者に維持管理の責任がありますが、共用部分なら管理組合の責任となります。排水管などの配管はその配管の場所によってその判断が分かれる場合もあります。

では、排水管に関する裁判事例をいくつか見てみましょう。

平成三年十一月の東京地裁の判決(平成二年(ワ)九二四〇号受付)です。これは水漏れなどを未然に予防するため、管理組合が排水管取替工事を実施するのに協力しなかった区分所有者を相手取って管理組合が起こした裁判です。

板橋区の川越街道に面した戸数49戸のマンションで、排水管が老朽化し、それまでに漏水事故が4~5回、全戸の半数以上が水の流れも悪いことから、日頃排水関係を頼んでいる業者に調査を依頼した結果、排水管の鉄管部分が腐食し、これが水漏れを起こす原因となっていることがわかりました。

そこで、管理組合は臨時総会を開き、各戸に敷設されている雑排水管取替工事を業者に依頼し、管理費から1戸あたり20万円を支出し、20万円を超える金額については区分所有者が負担することを決議しました。

ところが、この決議に反対する区分所有者がいました。雑排水管取り換え工事は、その所有者の協力が得られなかったため、その家の所を除いて実施されましたが、除去した排水管を見ると、鉄が錆びて見た目にも明らかに腐食していました。取替工事完了後はジェット洗浄を実施することができ、水の流れがよくなって水漏れ事故もそれ以後起きていないのです。

その所有者はその20万円を超える個人負担が高かったから反対したのかその理由ははっきりわかりませんが、罪の意識を感じたのでしょう、自分なりに専門の業者に依頼して排水管の清掃を行っていました。ですが排水管は古いままなのでジェット洗浄ができず、奥の鉄管部分までは清掃ができないため、階下の家は水漏れの不安を払拭できないでいました。

管理組合はその区分所有者に対し、取替工事に協力すること、管理費から20万円を支出することに同意すること、20万円を超える工事費を支払うこと等を請求した裁判ですが、この裁判で争点となったのは、雑排水管が共用部分であるかどうかということと、もう一つは臨時総会決議の適否です。先ずは、この工事をする必要があるか否かですが、マンションの雑排水管の耐用年数は15年くらいと言われており、すでに相当の年数が経っていること、除去された排水管が見た目にも腐食していることから、取替の必要があるという管理組合の主張は妥当なものとされました。

次に雑排水管が共用部分であるかどうかです。各戸の床下に配管されているこの雑排水管は、共用部分である床下と階下の天井との間(この裁判ではそう見られた!)に敷設されており、維持管理の面からマンション全体への付属物であると考えるべきとされました。分譲時のパンフレットに排水管が共用部分である旨も明記されており、管理組合規約でも「給排水衛生設備」・「その他各種の配線配管」が建物の付属部分とされており、雑排水管の清掃は従来から管理組合の管理の下に業者に依頼しており、その費用も組合費から支出していたこと等も判断の材料とされました。

また、共用部分の維持管理に関する決議は区分所有者の集会で行うことができることから、雑排水修理に関する臨時総会の決議は有効であるとされて、原告の主張はほぼ認められました。

 

次は排水管の事故による具体的な損害のケースですが、排水口の目詰まりが原因による漏水で、その排水口があるベランダが専有部分か共用部分かの議論は全くなされずに、一方的に損害を発生させた側の損害賠償が認められました。ベランダ等の位置づけにもよりますが、こういうケースも結構多いように思われます。平成四年三月の東京地裁の判決(平成元年(ワ)一五四三〇号受付)です。

舞台は渋谷区千駄ヶ谷の最近できた地下鉄副都心線「北参道」駅から一分ほどのJR山手線にすぐ近く、まるで宮廷のように聳えているマンションです。このマンションの最上階の七〇一号室を持っているY1およびY1から借りているY2会社またY2の代表者であるY3が被告です。原告は七〇一号室のすぐ下にある六〇一号室及び六〇二号室の住人です。七〇一号室は最上階なので少し内側に位置しており、部屋の専用面積七五・五〇㎡に対し、二八・五三㎡の広いテラスがついています。今風に言うとルーフバルコニーと言ったところです。このテラスにはもちろん屋根が無いので、雨の時などは大きな屋根の水が全部流れ込みます。テラスは北側に面していて、その東側に、全体の1/4ほどの面積を占めてサンルームがあります。排水口が東側と西側にあるのですが、東側の物はこのサンルームとの関係であまり機能しません。いきおい排水は西側の排水口に期待するのですが、Y3はこのそばに鉢植えを置き、また排水口には塵芥がたまりがちでした。平成元年七月三十一日の夜から翌八月一日の未明にかけて、東京地方には記録的な豪雨が降りました。この時にY3達は、会社としての使用なので部屋にはいなかった模様です。雨はテラス一杯にたまり、さらに七〇一号室に侵入し、同時に下の六〇一号室、六〇二号室に漏水として天井、壁から侵入して、内装、家具、衣類などに大きな被害をもたらしました。下の住民たちが驚いて、七〇一号室の扉をこじ開けたところ、室内からは水がどっとあふれ出て来ました。

住人達はY2、Y3そしてY1を工作物の占有者及び所有者としてその責任を追及し、損害賠償の裁判を起こしました。この場合、先ほども書いたように、テラスは共用部分かどうか、排水口の管理は管理組合かどうかなどの議論はありうるかとも思われますが、実際には全く議論されませんでした。裁判では更に、Y2、Y3はテラスの管理は十分にやっていたということで、サンルームがあるために東側の排水口が十分に機能しないとして、そこにサンルームを持っているY1の所有者責任を主張します。Y1は、こういう場合はまずは占有者にその管理の瑕疵について責任があるとして、第一義的にはY2、Y3の責任を主張しました。判決は両方の責任を認め、その責任の範囲を区分けできないとして、全員の連帯責任としました。損害賠償の金額は、被害が大きかった六〇二号室の場合は、原告の一〇〇二万円の請求に対し八三五万円が認められました。

 

最後は給排水管の不具合によりマンション内部の天井で起こった事故です。これは当時非常に注目され、最高裁まで行きました。全国貸地貸家協会新聞でも以前に概略は書いたことがあります。

平成八年十一月の東京地裁の判決(平成八年(ワ)二九〇三号受付)です。

江東区門前仲町の駅のすぐそばにある巨大なマンションです。原告Xはこのマンションの七〇七号室の住人であり、区分所有者です。被告Yはこの部屋の真下にある六〇七号室の住人・区分所有者で、被告Zはこのマンションの管理組合です。事件は原告Xの部屋から出ている排水管が水漏れ事故を起こしたことより発生しました。マンションの場合重要なのは、各部屋の床板と、その下にある各階を分けている鉄筋の入ったコンクリートスラブとの間の高さです。昨今のリノベーションの考え方から行くと、この高さはできれば二十センチぐらいは欲しい所で、それがあれば、台所、風呂、トイレなどの水回り施設を自由な場所に配置換えができます。床下に排水管を設置するときにその中が流れるために一定の角度が必要だからです。こうして床下に配管をするのですが、このマンションは床板とコンクリートスラブの間に十分な高さが無いためでしょうか、七〇七号室の排水管が、スラブを突き抜けて、下の六〇七号室の天井裏に出されて、そこから横に縦管の本管へと引かれていました。この排水管の六〇七号室の天井裏にある部分で水漏れが起きました。Xは当初は責任を感じてか、まずは対処だということで、業者を読んで修理をさせ、その代金一二万七二〇〇円を払いました。一方でYはこの事故はXに責任があるとして、二一万六五一六円を損害賠償として請求しました。Xはそれはおかしいとして、Yに対しては損害賠償義務はないことの確認、管理組合たるZに対しては修理代金を立て替えたとしてその支払いを要求して裁判を起こしました。Xの主張は以下のようなものです。

「1六〇七号室の天井裏はコンクリートスラブ及び天井板により周囲と遮断されているので構造上の独立性はある。しかしながら使い道としては、上の階からの排水管の設置のみであり、独立して使えないから利用上の独立性はない。利用上の独立性が無いのだから、どこかの専有部分に属するということは無く、それゆえ共用部分である。排水管は共用部分にあるのだからそこの事故は管理組合の責任である。2本件マンションの管理組合規約において、排水管は共用部分とされている。3排水管を管理するための作業には六〇七号室の天井を開けてするしかなく、それは他の区分所有者には認められていないが、管理組合ならできる。」

これに対する管理組合Zの主張です。「1中高層共同住宅標準管理規約によれば、天井、床及び壁は躯体部分(コンクリートスラブ等)を除く部分を専有部分とするとされている。だから天井裏は共用部分ではない。2管理組合規約の排水管は区分所有建物内の枝管を指すものではない。」

この両者に対する地裁の判決です。「六〇七号室の天井裏と共用部分であるコンクリートスラブの間の空間は、構造上の独立性はあるが、上の階からの排水管のみが設置されていることから、階下の区分所有者の利用に供せられているとは言えないから利用上の独立性はなく、区分所有の対象となる専有部分と認めることはできない。故に、そこは共用部分と認めるのが合理的である。中高層共同住宅標準管理規約は建設省が標準的な管理規約について解説したものにすぎず、直ちに本件を拘束するものではない。」として、XのYに対する責任は認めず、また管理組合ZのXに対する支払い義務を認めました。

これに対してYは降りましたがZは納得しません。Zは控訴します。Zの主張です。「六〇七号室の天井裏は天井板で六〇七号室の部屋部分と仕切られているにすぎず、その部屋と独立した空間ではない。したがって天井裏は六〇七号室の一部であり専有部分である。本件排水管はその中にあるのだから専有部分の一部である。あるいはこの天井裏は七〇七号室の排水管のみが設置されている空間だとすると、七〇七号室の専有部分だということができる。いずれにせよ本件費用は区分所有者間の問題である。また管理規約によれば、各区分所有者が給排水設備を新増設及び変更することを予定している。これは各区分所有者が排水管の枝管を支配していることを認めているのだから、枝管を専有部分と認めていることになる。」

これに対する高裁の判決です。「六〇七号室の天井裏はその上部はコンクリートスラブで建物全体を支える堅固な構造物であり、六〇七号室と七〇七号室の上下の境なすものであるが、天井板はそういう堅固なものでないから、天井裏は六〇七号室の専有部分に属するものと解するのが相当である。しかしながら本件排水管は、特定の区分所有者の専用に供されているのであるが、その存在する場所から見て、当該区分所有者の支配管理下にはなく、また、建物全体の排水との関連から見ると、排水本管との一体的な管理が必要であるから、これを当該専有部分の区分所有者(Xのこと)の専有に属するものとして、これをそのものの責任で維持管理させるのは相当ではない。六〇七号室の区分所有者は、この排水管を利用するものではないので、この者の専有に属させることは無い。結局、排水管の枝管であって、現に特定の区分所有者の専用に供されている物でも、それがその者の専有部分内にないものは共用部分とすべきである。また、管理規約に定められていることは、各区分所有者の専有部分である給排水設備についての定めをしたもので本件には適用されない。」

管理組合は納得せず、上告に及びました。Zは高裁の論理の飛躍及び、七〇七号室からもファイバースコープなどで排水管の管理ができることを主張しましたが棄却されました。

筆者思うに、これは大変重要な判決で、本件は共用部分の主張に一定の正当性があると思われますが、一方で共用部分のあり方はリフォーム、リノベーションの成否にかかわります。また一部には枝管を含む排水管は全部共用部分であるという説もあり、この場合はリフォームにとって大きな障害となるでしょう。