マンション共用部分の不当損傷事件は、当新聞のマンション判例シリーズで以前にも少し紹介したことがありますが、今回は共用部分の不当損傷と不当使用についてもう少し詳しく見てみたいと思います。
先ずは、バランス釜取り付けのため、バルコニー外壁に孔を開けた区分所有者に、管理組合が原状回復を求めた訴訟です。(東京地裁平成3年3月の判決 平成元年(ワ)13769号)

このマンションのバルコニー側(南側)の東側外壁はマンション全体の壁柱の一つであって、当然共用部分となりますが、この共用部分に無断で孔を開けた区分所有者がいました。被告Yです。事情を知ればなるほどという感じもしますが、法律を味方にする場合には、やはり外堀から段階を踏んで埋めていかなければならないことを知らされる事件です。
東京都新宿区にある1968年築の八階建て69戸のマンションにおいて、被告Yはバルコニー側の東側外壁(壁柱)に甲と丙の孔を開け、甲乙丙の孔に配管を通してバランス釜を取り付けました。被告Yが開けたのは甲と丙で、乙は元の区分所有者が開けた孔でした。もともとバランス釜の排気は廊下側(北側)に抜ける排気孔によっていましたが、被告Yが昭和58年3月に入居する以前にバランス釜と浴槽は取り外され、排気孔は塞がれて、被告Yはバスタブに湯沸かし器から直接給湯していました。
しかし、その方法は湯沸かし器の能力を超え、湯沸かし器の消耗も激しく、時に爆発音とともに炎が吹き出すなど故障が度重なり、被告Yは何とかしたいと考えます。それには湯沸かし器を取り替えるのが有効な方法でしたが、既設の同タイプの湯沸かし器は古くて入手できず、新製品を取り付ける場合は既存の排気孔が使用できないことを知り、被告Yはあきらめて銭湯に通うなど、不便を忍んでいました。
昭和63年、結婚にあたって被告Yは、この問題を解決しようと、壁柱に甲・丙の孔を貫通させ、もともとあった乙の孔も利用して排気管を通し、本件釜を取り付けました。被告Yは1級建築士で建築の知識もあったことから、穿孔には慎重を期して鉄筋に損傷を与えないよう配慮し、孔も小さいし、バランス釜も小型で壁柱の強度を弱めないだろうと確信をもって穿孔を実行しました。
 問題は、ここが共用部分であることです。共用部分に無断で孔を開けて、管理組合が黙っているはずがありません。区分所有法17条1項で、共用部分の変更は集会の決議が必要なことが規定されています。管理組合は平成元年4月の集会の決議で被告Yに対し、孔を塞ぎ釜を撤去して壁柱の原状を回復する訴訟を提起することを決議しました。
 裁判では、区分所有法6条1項(区分所有者は、建物の保存に有害な行為その他建物の管理又は使用に関し区分所有者の共同の利益に反する行為をしてはならない。)に違反するとして、同57条により、その行為の結果を除去し、必要な措置を執ることの請求ができることから、管理者及び他の区分所有者である原告らXの請求の通り、被告Yに、孔を塞ぎ原状に復することを求めました。元の所有者がバランス釜を取り外していて、風呂の使用に支障があることを承知で取得したのだから、解決策が得られるまで銭湯に行くなどして忍ぶべきだった、とも付け加えています。
 このマンションでは、他の区分所有者にも同様の経年劣化が起こっていたことから、管理組合としても検討を重ねており、東京ガスから、廊下側に新製品を設置し、廊下側の壁(壁柱ではない)に排気孔を設ければよいとの解決策も示されたのに、被告はこれを無視して穿孔を強行したことも指摘し、被告Yが主張する原告Xの権利の濫用には当たらない、と判示しました。

修復工事等請求事件
不当損傷行為の2つ目です。 店舗所有の区分所有者が給湯管配管工事のため共用部分である壁を開口破損した結果、耐震力が減少したとして、ビルの管理者がその修復工事を求めた訴訟で、被告Yらの違法行為の存否と管理者原告Xに原告適格があるかが争われました。(東京地裁平成6年2月の判決 平成四年(ワ)18228号)

東京都が分譲した東京都心の、地下1階から4階までが営業用店舗となっているビルで、被告Yらは、サウナ営業に伴う給湯管を通すため、3階天井部分のコンクリート壁を幅1メートル、縦50センチに破損開口する工事を行いました。管理組合の理事長であり、規約により管理者である原告Xは、工事によってビルの内壁を破損するという不法行為をしたとして、被告らYに壁の修復を求めて、提訴しました。これに対し、被告らYは、この壁はそもそも耐震壁ではないし、当時のビルの管理者に承認を得て工事を行ったのであり、他に何らの害を及ぼしていないと主張しました。
この工事は昭和57年5,6六月頃に行われており、区分所有法は昭和58年に改正されたので、工事は旧法下で行われており、訴訟は新しく改正された新法下で行われたケースで、両法から判断されています。
この訴訟で争点となった原告適格については、この判例シリーズでも一度登場していますが、原告として訴訟を適法に追行し判決を受けることのできる資格があるかどうかが裁判の開始前に判断され、原告適格がないと判断されたら、原告の請求は却下となります。
被告らYが工事のために破損した壁は共用部分に該当すると考えられ、原告Xが被告らYに請求する修復行為は共用部分の保存行為と考えられます。共用部分の保存行為は、区分所有者間の利害のかかわりから、2通りに分かれます。
一つは、区分所有者相互間に利害の対立がないような、区分所有者の誰もが納得がいくような、つまり通常予想されるような保存行為の場合です。区分所有者相互にさほど違いがないので、保存行為を区分所有者が個別にすることもできるし、区分所有者に代わって、管理者も保存行為ができるよう、その権限を認めています。そのことは区分所有法26条で規定されており、規約または集会の決議で決まれば訴訟を提起することもできます。
それに対し、このケースのように、通常予想されないような保存行為である場合は、利害の程度にも相互間に差があるので、区分所有者全員でのみすることができるようになっています。区分所有法57条1項では、区分所有者全員で、共同の利益に反する有害な行為の結果を除去することができると定めていますが、2項では、訴訟を提起するには集会の決議によらなければならないと規定しています。事柄が重大であるため、区分所有者全員の意思の確認が必要だからです。ただ、全員というのは現実的でないので、多数決で全員の意思を代替できることとし、更に、3項では、全員の他にも集会の決議があれば、管理者が訴訟を提起することも認めています。ただ、規約によって包括的に管理者にその権利を与えることはしていません。なぜなら、その行為が通常予想されないものであるため、その都度区分所有者に判断させる必要があるからです。区分所有者全員でそのことをよく考えなさいということです。
原告Xは、前者の、通常予想される保存行為であることを前提として、26条及び規約に基づいて修復工事の請求をしましたが、裁判官はこのケースは後者に該当するとして、26条による請求は許されないとしました。このケースでの訴訟は57条に基づいて行うべきだということです。ただ、その要件である集会の決議を経ていないため、いずれにしろ、訴えを提起することはできないとして、原告Xには原告適格がないと判断し、原告Xの請求を却下しました。本件については、旧法を根拠としても、管理者が訴えを提起することはできないとされました。